朝、鏡の前で肌に触れるたびに思う。「保湿も使い心地も、どちらも譲れない」。たっぷり潤ってほしいのに、重たいベタつきはもう受け入れられない。香りも強すぎると疲れてしまうし、刺激を感じるものは一度で距離を置く。若い頃は“効きそう”な一本に賭けてみる勢いがあったけれど、今は日々を心地よく過ごせるかどうか、そのほうがずっと大切になった。わがままと言われたらそうかもしれない。でも、50代の私にとっては、そのわがままこそが健やかさの基準だ。
日中、空調の風に長く当たると、頬の表面がすぐに乾いたサインを出す。つっぱる、粉をふく、ファンデーションが密着しない。いっぽうで、油分を重ねすぎればマスクや襟元に触れてテカつき、気持ちが落ち着かない。だから私は「軽さ」と「頼もしさ」の両方を探し続けている。肌の上でスッと伸びて、角層の奥まで水分が満ちていくような感覚をくれるもの。時間が経ってもよれることなく、触れたときにやわらかさが残っていること。さらっとしているのに、内側はしっとりしている——この矛盾を叶えてくれる相棒に出会えると、1日がすこし整う。
季節の移ろいとともに、肌のコンディションは揺れる。春先の敏感、梅雨のムレ、夏の紫外線、秋冬の乾燥。50代になると、その揺らぎに振り回されるのではなく、手前でクッションを用意しておきたいと思うようになった。帰宅したらすぐに手を洗って、やさしくメイクを落とし、顔に触れるタオルはふっくらしたものを選ぶ。化粧水は冷蔵庫で冷やさず常温のまま、肌の温度と喧嘩させない。クリームは“守る蓋”としてうすく、けれど均一に。こうした小さな選択が、翌朝の自分を助けてくれることを知っている。
「透き通るような美肌」へのあこがれは、単に白く見せることではない。にごりのない印象、血色の気配、余計なテカリのない透明感。肌の上に重ねるものは少なく、でも必要な水分と油分は不足させない。そのために、私は“音”や“手触り”にも敏感になった。蓋をあけたときの静かな感触、肌になじむときの摩擦の少なさ、首もとまで伸ばしたときのするりとした滑走。心地よさは、目に見えないけれど確かに効果に直結する。使い続けられるものしか、結局のところ味方にはならないからだ。
香りの好みも変わった。強いフローラルは疲れてしまう日がある。無香料に偏りすぎると物足りない日もある。だから私は、ごく淡いハーブやシトラスの“気配”だけを求める。朝の支度中に深呼吸できる程度の、ささやかな香り。夜は香りすらオフにして、静けさを顔に塗るような気持ちでクリームを伸ばす。肌は器官であり、気分のスクリーンでもある。心が揺れ立つ日は肌も落ち着かない。だからこそ、スキンケアには“鎮める力”と“上向く力”の両方を期待したい。
コスメ選びでは、成分表を前よりよく見るようになった。難しい言葉を全部理解しているわけではないけれど、肌が好む傾向はわかってきた。水分を抱え込むもの、肌を守る油分、摩擦を減らすテクスチャー。新しいものを試すときは、頬よりもまずはあごのラインで。数日単位で観察して、赤みやムズムズが出ないか、朝のメイクのりがどう変わるかをメモする。若い頃は“すぐ効くかどうか”が判断基準だったけれど、今は“続けられるかどうか”が先に来る。落とすときに負担がないか、ポーチに収まって持ち運びやすいか、途中で気持ちが離れないか——生活に馴染むことは、効果の一部だ。
メイクも考え方が変わった。カバー力を重ねると安心はするけれど、午後の顔が重くなる。その代わりに、下地で凹凸と色ムラを整えて、ファンデーションは必要な部分だけ。ハイライトは光るためではなく、影をやわらげるためのもの。パウダーは乾きやすい頬を避け、Tゾーンだけに極薄く。鏡に映る自分が“つくり込んだ顔”ではなく“整った顔”に見えると、背筋が自然に伸びて、歩幅まで少し広くなる。
もちろん、理想どおりにいかない日もある。睡眠が足りなかった朝、急に気温が上がった日、忙しさに追われて手を抜いた夜。そんなときは、自分に厳しくしすぎないことにしている。「今日は保湿最優先」「今日はとにかく優しく触れる」——小さなテーマを決めるだけで、肌も心も必要以上に萎縮しない。透き通る肌は“完璧”から生まれるのではなく、揺れを許しながら日々を積み重ねることで近づいてくるのだと、50代になってやっと腑に落ちた。
保湿も使い心地も妥協しないことは、わがままではない。自分の機嫌と肌の機嫌を、同じテーブルに座らせて対話することだ。朝、化粧水の最初の一滴が肌に触れる瞬間の静けさ。昼、手のひらで頬に触れたときに感じる柔らかさ。夜、クリームの薄い膜が一日のざらつきを包み込む安堵。その積み重ねが、透けるような印象と、背筋の伸びた生き方を少しずつ育てていく。私はこれからも、肌に「気持ちいい？」と問いかけながら選んでいきたい。潤いと心地よさ、その二つを同時に叶えるために
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